楽器店が音楽ノウハウを活かして、介護予防事業に進出【支援機関とともに 商工会議所編】
「認定支援機関(経営革新等支援機関)」とは、国が経営の専門知識のある個人や団体を認定する制度であり、税理士・社会保険労務士・中小企業診断士などの専門家や商工会・商工会議所、金融機関等が認定支援機関として登録されています。
今回の「支援機関とともに」では、音楽教室を運営する老舗の楽器店が、長年にわたる音楽教育のノウハウを活かしつつ、高齢者の健康寿命を伸ばす「音楽介護予防事業」に進出。その際に、商工会議所が経営革新計画の策定、補助金申請などの支援を行った事例をご紹介します。
認定支援機関 |
福岡商工会議所(福岡県福岡市博多区博多駅前2丁目9-28) |
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支援企業 | 株式会社フカノ楽器店 |
企業概要 | 楽器販売、音楽教室の運営、音楽介護予防事業 |
所在地 | 福岡県福岡市南区井尻4-2-51 |
WEBサイト | https://music-school.jp |
少子高齢化社会を見すえて、音楽介護予防事業へ
株式会社フカノ楽器店は、福岡市天神から南へ電車で約20分、西鉄井尻駅前の井尻商店街にある老舗の楽器店である。1959年の創業から60年以上にわたり、楽器の販売や音楽教室の運営、ピアノコンクールの主宰等を通じて、地域の音楽文化の振興・発展に尽くしてきた。
現在、同社の事業の柱となっているのが、音楽教室である。福岡市をはじめ、春日市、大野城市、筑紫野市、那珂川市など7カ所の音楽教室を運営しており、子どもから大人まで、年齢やレベルに応じて、個人レッスン・グループレッスンなど、質の高い音楽教育を提供している。
「地元の方に支持されて長年にわたり音楽教室を運営してきました。現在も1000名以上の生徒が当社の音楽教室に通っています。しかし少子化が急速に進むなかで、ピアノを習う園児・子どもたちの数は年々減りつつあり、深刻な脅威となっています(藤田社長)」
日本社会にとって、少子高齢化は避けられない課題である。経営環境の変化を見すえて、藤田和博社長は2011年から音楽介護予防事業をスタートさせた。
音楽介護予防事業とは、音楽を活用した様々なエクササイズを通じて元気な高齢者の健康寿命を延ばすことを目的とした事業であり、同社は「楽音活(らくおんかつ)」という独自の健康増進・介護予防プログラムを開発している。このプログラムには、口腔体操、回想法、音楽療法、音楽レクリエーションなどの技法が組み込まれており、無理なく・自然に・楽しく、高齢者の運動機能の維持向上や認知症の予防につなげることができるというものだ。
同社の介護予防プログラム「楽音活」は行政からも高い評価を受け、2021年現在、福岡県・佐賀県・熊本県などの30以上の市町から、年間1700回を超える音楽介護予防教室を受託。年間延べ48,000名の高齢者が同社のプログラムを受講しているとのことだ。
福岡商工会議所と同社とはつきあいは古く、先代の社長が井尻商店街の会長をしていたこともあり、商工会議所の地域活性化イベントにも積極的に参加してきた。山田雅彦経営指導員は、同社についてこう語る。
「定期的に会社を訪問させていただき、近況についてうかがっています。その時々の経営課題についてのアドバイスをさせていただいています(山田指導員)」
音楽介護予防事業への進出・展開にあたって、同社は経営革新計画の取得、小規模事業者持続化補助金・ものづくり補助金等の補助金の活用等をしており、商工会議所では計画策定や補助金申請の支援を行ってきたと言う。
音楽教室
ピアノコンクール
音楽介護予防教室
健康楽器「ミュージックフープ」による音楽エクササイズ
音楽介護予防には、音楽にあわせて身体を動かすことでリラックスして運動を楽しむことができ、また歌いながら運動することで無理なく呼吸を整え、血圧上昇を抑制し、認知症予防につながる効果がある。同社は「楽音活」として、様々なオリジナルプログラムを開発してきたが、その一つが「ミュージックフープ」という健康楽器を使ったプログラムだ。
ミュージックフープは鮮やかな色とりどりのフープで、ジョイントをつなげたり切り離したりすることで輪や棒状にすることができ、また二つのフープをつなげることもできる。フープは柔らかく握りやすい素材で振ると「さざ波」のような音がするというものだ。元々は大手楽器メーカーが開発した商品だったが、現在は同社が特許・製造・販売権を引継ぎ、オリジナル商品として販売している。
ミュージックフープを「適度な抵抗ツール」としてストレッチに使ったり、「マラカスのような楽器」としてエクササイズにリズムをもたせたり、合同演奏もできる「コミュニケーションツール」として音楽レクリエーションのような楽しみ方もできる。
「大学病院の先生にも、ミュージックフープを使った運動プログラムの効果検証をしていただきました。リハビリなどの運動面の効果だけでなく、楽器でもあることからストレス発散や協調性などの心理面の効果もあり、高評価をいただいています(藤田社長)」
ミュージックフープは、介護予防やリハビリ現場だけでなく、幼稚園・保育園等の音楽レクリエーションにも利用され、子どもから高齢者まで幅広い年齢層で利用されているとのことだ。
ミュージックフープ
介護予防のターゲットを広げる、新プログラムを開発中
少子高齢化が加速するなかで、同社では介護予防分野のさらなる事業拡大を進めている。その中核を担うのが、藤田健太郎常務である。藤田常務は大手自動車メーカーの技術者だったが、将来の事業承継を見すえて、2018年、同社に入社した。
「いままでの当社の音楽介護予防事業は、元気な高齢者が主な対象でした。しかし、今後はこのターゲットを拡大し、要介護の一歩手前のフレイル(虚弱)やプレ・フレイルの高齢者に対応したプログラム、より運動療法に重点を置いた新しいプログラムの開発に取り組んでいます(藤田常務)」
この新分野展開にあたって、同社は事業再構築補助金(令和3年度)を申請、採択された。事業計画書は、後継者の育成を兼ねて、藤田常務と音楽介護予防事業のリーダーの二人で知恵を絞りながら作成した。藤田社長は「次代を担う二人にまかせて、ほとんど口出しをしなかった」と笑う。補助金の申請にあたって、福岡商工会議所では事業計画書のブラッシュアップをサポートした。
「計画書の内容は素晴らしいものであり、事業再構築補助金の趣旨にも合致するものでした。商工会議所は社外の視点・専門家の視点から、客観的なデータを補足したり、審査員に伝わりやすい表現にしたりするなどのアドバイスをさせていただきました(山田指導員)」
前職の自動車メーカーと比べるまでもなく、デジタル化は非常に遅れており、商工会議所のサポートを受けつつ、「IT導入補助金」を活用して、勤怠管理・給与計算などのITツールの導入を行う計画だ。
「現在は音楽教室が売上の半分以上を占めていますが、少子化により経営環境は厳しさを増しています。将来は、『音楽』という当社の強みを活かしつつ、介護予防事業をもう一つの柱として確立していきたいと思います。(藤田常務)」
そして今後は、事業承継も大きな課題の一つとなるが、山田経営指導員は今後の支援についてこう語る。
「社長も常務も経営のプロで、商工会議所の経営指導員よりも現場経験が豊富です。経営について逆に学びながら、経営課題にあわせた専門家をご紹介したり、補助金や支援策の情報を提供したりしていきたいと思います(山田指導員)」
また同社のような元気な地域企業を育てるために、商工会議所として窓口を広げて、気軽に相談できる環境を整えていきたいと言う。
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