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業績向上の仕組みづくりシリーズ③ 理念共有型の人材採用

人材・採用
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採用イメージ

中小企業が会社の業績を継続的に向上させるためには、生産性の高い人材(人財)の確保が経営課題となります。これには以下の二つの方法があります。

① 既存社員の生産性を向上させる
② 新たに優秀な人材を採用する

大手企業であれば、高い企業ブランドと高額な報酬を使って、経験豊富な人材を外部企業から招き入れること(ヘッドハンティング)も、選択肢かもしれません。残念ながら多くの中小企業では、人件費に多額の投資をすることは、なかなか厳しいのではないでしょうか。そこで新卒学生の採用に活路を見出そうとしても、大企業ほど企業ブランドが確立していない中小企業では、応募してもらうだけでも困難なことで、実際は中途採用に頼らざるを得ない現状があります。一方で、既存社員に企業研修を受講させることも、時間と経費のことを考慮すれば悩ましいことです。

もしも、中小企業において、新たに優秀な人材を採用することと既存社員の生産性を向上させることが同時に実現できたらどうでしょうか? そんな上手い話があるかと思われるでしょう。しかし、あります。一石二鳥どころか、さらには企業ブランドの社会的認知度も向上させてしまう一石三鳥の取り組みがあるのです。

前回の「業績向上の仕組みづくりシリーズ② 企業理念の共有とビジョン(あるべき姿)の明確化」では、企業理念やビジョンの共有が、組織力強化と個々人の生産性向上にとって重要であることについてご説明しました。今回は営業力強化の四大要素の土台である「ビジョン共有」の後半として、理念共有型の人材採用について、お話ししたいと思います。

採用とはマッチング

採用イメージ

採用活動をする上で、鍵となる指標の一つとして、「求人倍率」が注目されています。就職したいと希望する学生一人に対して、何社の企業が手を挙げるかという数値になります。従業員300人未満の中小企業における2022年度の大卒求人倍率は、5.28倍でした。(注1)つまり、就職したい学生一人に、五社以上の企業が名乗りを上げるということです。これはコロナ禍による市況の不安が影響して減少したもので、2020年には8.62倍、さらに2019年には9.91倍もありました。今後、コロナ禍が終息に向かい、市場の不確実性が減少すれば、以前の水準まではともかくとしても、求人倍率が高まっていくことは予想されます。

ここで中小企業の経営者に求められるのは、優秀な社員を採用するために選考するという考えを捨てることです。そもそも大企業と違って、中小企業には選考するほど人は来ません。にもかかわらず、多くの中小企業の経営者が、数少ない求職者を面接するとき、選考という考えを意識的あるいは無意識的に持ってしまいがちです。

企業が業績を拡大させるためには、社員の生産性を向上させることが大切です。そのためには優秀な人材を採用しなければならないのだから、求職者を選考するというのは当たり前であるかのように思われがちですが、はっきり言ってそれは間違いです。大企業のように企業ブランドが社会的に認知されているならともかく、中小企業ではかえって人材の確保に失敗してしまいます。

ここで重要となるのは、選考するのは企業の側だけでなく、むしろ求職者の側こそ企業を選考しているということです。中小企業における採用活動とは、選考という考え方よりも、企業と求職者のマッチングだと捉えるべきです。お互いが大切にしている思いが共有できるかどうかがマッチングの基準になります。

ある中小企業の経営者の方が、「採用はオーディションのようなものだから、優秀な人材を見抜くことが重要なんだ」とおっしゃっていたことがありました。中小企業では求職者の応募そのものが少ないのだから、より一層、選考する力(目利き)が必要だと言うのです。私はその方に、「それは間違いです。採用はオーディションではなく、恋愛のようなものですよ。相思相愛になって人生を共に歩めるパートナーとして相応しいかを、互いに確認し合うのです」とお答えしました。

大切にしている思いとは、企業であれば企業理念やビジョンであり、社員にとっては価値観や将来への夢であったりします。企業が求職者に対して確認すべきなのは、能力や経験や自社の事業への理解度ではありません。むしろ、求職者が大切にしている価値観や将来への夢こそが重要なのです。そして企業が伝えるのは、求職してくれた方たちの夢の実現に対して、自社がどのような価値(魅力や強み)を提供できるかということになります。となると、採用とは選考ではなくプレゼンだということになります。これがマッチングです。

図は、企業が求めるべき人材像をイメージしています。能力が高くて価値観の共有度も高いのであれば、これは間違いなく◎です。ここで多くの中小企業経営者が誤った判断をしてしまいがちなのが、能力が高くて価値観の共有度が低い人材を、採用してしまいたくなることです。求職者の応募数が限られているので、陥りがちな判断です。大企業ならば様々な価値観を持つ人が集まってくることも良いのかもしれませんが、組織的一体感を求められる中小企業においては、これは組織力向上の妨げになります。会社にとっても、採用された社員にとっても幸せなことではありません。私は多くの中小企業で採用活動や組織力向上研修を支援してきました。それらの経験から、能力が高くても価値観の共有度が低い人材は、中小企業では避けた方がよいと考えます。

マッチングイメージチャート

オーストラリアの経営学者であるピーター・F・ドラッカーが、著書の中で面白い逸話を書いています。(注2)三人の石切職人がいて、それぞれに「あなたは何をしているのか?」と尋ねました。一人目の石切職人は、「この仕事で暮らしを立てている」と答えました。つまりは、対価のために仕事をしているのです。二人目の石切職人は、「国中で一番じょうずな石切の仕事をしている」と答えました。彼はプロ意識に徹しています。業務においては、品質を高めることは大切なことです。しかし、彼の目的は、あくまで石を切るということです。三人目の石切職人は、目を輝かせ、夢見心地で空を見上げながら、「人々が祈るための大聖堂を造っている」と答えました。彼は石切場にいるのであって、大聖堂の建築現場は見ていません。それでも彼の目には、しっかりと祈る人々の姿までもが見えていたんでしょう。彼の目的は、けっして石を切ることでも、大聖堂を造ることでもない。人々の無垢な信仰への思いに応えたい、ということなのです。さて、三人のうちで誰の生産性が一番高いかは、答えを言うまでもありませんね。社員を採用するならば、能力(知識、技術、資格)にこだわるよりも、求職者が望む生き方と会社のビジョンが支え合う関係になれるかどうか、徹底して時間をかけて話し合うことが大切なのです。

中小企業における人材採用とは?

リクルートイメージ

中小企業においては、新卒学生の採用は、大変に高いハードルとなっています。業種によって多少の差はあれども、多くの中小企業が抱えている採用活動の課題・問題とは、例えば以下のようなものが考えられます。

  •  ・応募が少ない(接触学生の母集団の形成)
  •  ・自社のことを知ってもらえない(企業ブランドの向上)
  •  ・業界としてのマイナスイメージの払拭が難しい
  •  ・学生の大手志向が強い
  •  ・欲しい学生が採用できない(学生とのミスマッチ)
  •  ・定着率が上がらない(内定辞退や入社後の早期退職)

こういった課題・問題は、新卒学生採用に限らず、中途採用も含めて、中小企業が求職者を選抜するという採用活動で起こりがちです。繰り返しになりますが、中小企業における効果的な採用活動でもっとも重要なのは、自社の大切にしている考え方(経営理念やビジョン)を正しく伝え、会社の強みや魅力をわかってもらうことです。つまり、相手を知るだけではなく、自分を伝えるということが重要です。

自社のことを正しく伝えるのにもっとも適しているのは、社長です。経営者が自らの言葉で、会社の未来について語ってこそ、求職者の胸に響くメッセージとなります。社長の次に適任なのが、採用職種部門に在籍する一般の社員です。部長や課長などの管理職である必要はありません。採用担当者任せにするのではなく、むしろ採用の仕事に関係のない若手社員などが率先して自分たちの日常や未来について語るからこそ、言葉に重みも真実味もあるのです。そして社員たちは求職者に向き合い、会社について説明する過程で、自社の大切にしていることや将来について、改めて深く考える機会を得ることになります。これが既存社員への企業理念の浸透(理念共有)になります。採用活動は未来への投資ばかりではありません。採用活動を通して、既存社員への理念浸透をはかり、組織力強化と仕事へのモチベーションアップを実現する現在への投資でもあるのです。

理念共有型採用のススメ

採用活動を未来の投資ばかりでなく、現状の組織力強化や業績拡大のための現在への投資とするためには、理念共有型採用に取り組むことを御提案します。理念共有型採用における目的は以下の三つです。

① 企業ブランドの構築

理念共有型採用の第一の目的は、企業価値を向上させることになります。応募してきた求職者は、採用者を除けば、すべて未来のお客様になる可能性があります。だから、採用合否の如何に関わらず、全力で就職活動を支援します。とくに地域社会での認知度が重要になる中小企業では、未来の顧客への宣伝活動(企業認知)として捉え、できるだけ多くの求職者と接触して、自社の魅力を伝えることが大切です。求職者を自社のファンにすることが第一の目的となります。

② 社員の成長機会

理念共有型採用では、採用担当者は裏方(事務局)に徹します。前面に出て求職者とコミュニケーションを取るのは、採用とは関係のない一般の社員たちです。既存社員たちがこの機会に自社の経営理念やビジョンについて改めて考え、自社の強みや魅力はなんなのか、自分の未来の姿はどうなっているのか、仲間で議論してみることで、求職者に向き合うことはもちろん、自分自身の人生や仕事について考える機会を得ることになります。これが仕事の“やる気”を生み出し、自己啓発の意識向上など、社員としての成長に繋がることになります。できるだけ多くの社員が採用活動に関わるということが、第二の目的となります。

③ 理念共有型人材の採用

目的の三番目になって、ここで初めて人材の採用が出てきます。能力(知識、技術、資格)や経験にとらわれることなく、お互いが大切にする考え方がわかり合える(理念の共有)人材を唯一無二の採用条件として示すことで、求職者はもちろん、既存社員に対しても会社の進もうとしている姿(ビジョン)を明確に示すことができます。

上記の三つの目的を達成するために理念共有型採用では、採用活動の主役は採用担当者ではなく一般の社員になります。自分たちの未来の仲間としてどんな人材が必要か、採用活動に対してどのような思いや態度で臨むかなど、採用活動の進め方についても、社員たちで話し合ってみることで、自社の理念やビジョンについてさらに理解を深めていくことができるからです。

理念共有型採用は、中小企業における様々な経営課題を解決するきっかけになり、企業文化の醸成のチャンスにもなります。採用活動でありながら、これはもはや企業研修なのです。社長と社員で話し合って社是を作る。朝礼などで社長の想いを繰り返し語る。定期的に社長が社員の疑問や要望を聴く場を作る。社員たちでアイデアを出し合い、求職者向けのインターン(工場見学、就業体験)を実施したり、地域の市民向けの展示会に出展してみる。そのような活動が、まさに求職者に対して自社のことを正しく伝えるための事前準備になり、これが企業価値を高め、社員のやりがいを醸成していくことに繋がります。経営層からのトップダウンの施策ばかりではなく、理念共有型採用に社員みんなで取り組んでみることで、ボトムアップによる組織力強化にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

【事例】理念共有型採用プロジェクトの実施事例

実際に理念共有型採用に取り組んでいる企業をご紹介します。静岡県藤枝市にある印刷業のK社です。1954年に創業し、市場における印刷物の急激な減少に苦しみながらも、紙が持つ本来の価値を高めながら、さらにデジタル広告やイベント企画・運営などの様々な情報を提供することで、お客様への提供価値の向上に取り組んでいる老舗企業です。

K社では三年前から、理念共有型採用を社員たちによるプロジェクトで取り組んでいます。人事担当者は裏方にまわり、様々な職種や年齢の社員たちが“サポーター”と呼ばれるプロジェクトメンバーとなり、求職者たちとコミュニケーションをとっています。サポーターは事前に合宿を行い、自社の魅力や強み、そして未来の姿を思い描くことで、現状では足りないもの(ギャップ)などを、徹底して議論しています。だからこそ、就職活動に悩んでいる求職者たちの胸に響くような、自分たちの言葉で自社の理念について説明できるわけです。実際にプロジェクトに取り組んだサポーターたちの声をご紹介します。

① 価値観が変わったこと

  •  ・採用活動は他人事ではなく、自ら関わったことでどのような人材・仲間が必要なのか考えるようになった。
  •  ・日々の業務をこなすだけではなく、会社の未来を考えるようになった。
  •  ・組織としてどんな人材が必要か、今後求められることは何かということを知る機会になった。

② 日常的に意識するようになったこと

  •  ・自分自身の成長だけではなく、組織として成長するために自分がどうあるべきか、どうしていくべきかを意識するようになった。
  •  ・未来に向け自部署や社員全体に必要なモノやコト、今から出来ることは何かを考え行動しなければと意識するようになった。
  •  ・お客様との商談時に採用に関わるリアルな話として、自分が体験したことを営業トークの中に盛り込むようになった。

③ 求職者と関わることで感じたこと

  •  ・採用活動を通して求職者や社外の人からどう見られているかを知り、当社の強みや魅力を再確認できた。
  •  ・積極的に取組む求職者と関わり、直接声を聞いたことで、良いところは伸ばし、改善するべきは改善することで、より選ばれる会社を目指したいと感じた。
  •  ・我が社だからできる「やりがい」を伝えるとともに、改めて自分自身が仕事の楽しさを再確認した。
研修風景

K社では、これからもできるだけ多くの社員に採用活動に関わってもらうことで、会社や仲間や自分自身の未来について、改めて深く考えてもらう機会を作っていくとのことです。人事部などの採用担当に多くの人材を確保することができない中小企業だからこそ、あえて社員みんなで採用活動に取り組んでいくという、まさに理念共有型採用の事例となっています。

さて、次回は業績向上の仕組みづくりである営業力強化の四大要素の中で、ふたつ目の「仕組構築」の前半、「情報活用を支援するITインフラによる“営業プロセスの見える化”の促進」について、詳しくお話をさせていただきたいと思います。

作家・経営コンサルタント

杉山 大二郎


注1 出典:リクルートワークス研究所https://www.works-i.com/research/works-report/item/210427_kyujin.pdf

注2 出典:『[エッセンシャル版]マネジメント 基本と原則』(ダイヤモンド社)ピーター・F・ドラッカー(著)、上田惇生 (訳)

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